最後まで美しかったモデル

The most beautiful friend of mine that we need to say good by to suddenly..

最後まで美しかった友人

モデルをしていた友達。
顔が小さくて、細長い体と手足。
可愛い話し方で、同じ女性から見ても
助けてあげたくなるような人。

実際には小さな小さな顔なのに、
駅の大きな看板では、
吸い込まれるような圧倒的な笑顔が
人々の気持ちを明るくしてくれた。

25くらいで仕事の現場で出会い、
40過ぎても、それはそれは美しかった。

しばらく音沙汰がないと思っていたら
子宮ガン・大腸ガンの手術をしてから予後がよくない、と。

そんな彼女が「家に遊びに行くよ」と言ってくれ
3年ぶり?位の再会となった。

当日、自宅で待っていたが、
待てど暮らせど時間になっても来ない。

道に迷ってる?と思って外に出てみると
道端の植え込みに横たわるようにして座っている。

(え〜〜〜〜っ??????そんなに悪いの??) 驚

「あ、大丈夫。大丈夫よ。元気だった?」
と かすかに微笑む彼女。
駅から少し歩くだけでも こんなにしんどかったのか・・。

ごめん・・

久しぶりにあった彼女の顔には、
昔のままの息を飲むような美しさが残っていた。
小さな顔が、もっともっと小さくなってしまっていた。

ふたりでゆっくり家に戻り
メロンを切ってテーブルの大皿にドカっと載っけると
「あは、ほんと、@@ちゃん、豪快。男の人みたい」
と、私のいつものガサツさを、クスクス笑ってくれた

自分のリュックから円形の穴が開いたクッションを取り出して
「これがないと、座ってられないの」
話の途中も、骨ばったお尻で姿勢が定まらないのか、
左右にごそごそ体を動かしていた。

「でもね・・
”病院で死なれると、ウチも困るから、名古屋の実家に戻って欲しい”
って先生に言われちゃった。。。」

いまどき、そんなこと言う医者いるの!?と怒りが込み上げたが、
未婚で東京で一人暮らしの彼女に
医師が どういうつもりで そう言ったのか。
今考えると その意図はよく わからない。

その後、しばらくメールの交換が続いたが
「私のことは、もう大丈夫」としか言わなくなった。
彼女なりの覚悟だったのかもしれない。

それから1ヶ月くらいだろうか。。
彼女のお姉さんからラインが来た。
「妹の携帯をたどって、親しくしてもらってた人に連絡を取っています」

慌てて電話をかけなおした。

「最後は、お風呂に入りたい、と言っていてね・・。」
いまだに、まともにこの辺のことが ちゃんと書けない。

悔しかった。

なぜ、こんなにも時代は発達しているのに、
いつまでも世界はガン戦争に勝てないのか。
彼女はどうすればよかったのか
正解は何だったなのか?
ガンってなんなのか
その存在意義って?

それから 私は、3大療法をやらずに、体を癒すことをしよう、
とますます意思を固めていった。

そして、がん放置療法を唱える 近藤誠 先生に会いに行くことになる。

続く。

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